山梨青年海外協力隊協会通信
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VOL.33 2016年7月
編集・発行 山梨青年海外協力隊協会
(青年海外協力隊ОB会) 会長 船木 良彦(H11-3 ニカラグア 養護)
ホームページ http://www.fsinet.or.jp/~yjocva/
会長挨拶
山梨青年海外協力隊協会会長の船木です。平成11年3次隊のニカラグア養護隊員で、帰国満14年経過しました。
昨年、青年海外協力隊事業発足50周年を記念し、JICAにより横浜で大きな記念式典が開催されました。JOCAは映画「クロスロード」を製作・上映し、当県OB会をはじめ全国OB会もそれに協力し、また独自の記念行事等を行い50周年を盛り上げました。
いま全国的に、帰国隊員のOB会離れが叫ばれています。当県OB会としては、50周年は終わりましたが、私たち一人ひとりが「何故協力隊に参加したのか?」という初心に帰り、ボランティアの立場として我々の経験を生かした身の丈にあった活動を、一発花火でなく持続可能なものとして続けて行きたいと考えています。
そのためにはまず、私たちが意識的に集まり、継続的にコミュニケーションを取っていくことが第一です。当県では今まで継続が難しかった月1回の定例会を再開しました。そこから情報を発信して県内OBOGはもとより協力隊事業や国際協力、またボランティア活動そのものに興味関心がある人たちなどを巻き込み啓発できるような集まりにしていけたらと思います
平成27年2月から、新潟県OB会をモデルとし、当県シニアOBご夫婦が経営するフェアトレードの店舗2Fで、月1回(第2か第3日曜日)集まっています。今後は新しいOBOG とともに若い感性の力を借りて、当県ならではのOB会活動を繰り広げて行きたいと考えます。
先の3月11日の東日本大震災から5年が立ちました。茨城・栃木県OB会は連携し福島原発事故に係る除染活動を行ったり、茨城県OB会は、汚染のため数年間立ち入れなかった福島県境との山間の森を「協力隊の森」と名付け植林活動を行っています。そういう社会と関わった地道な活動に心を打たれます。
今、日本全国どこへ行っても、地方が頑張っているという印象を強く受けます。今後は近隣の県とも連携する等様々な可能性を探り、試行錯誤して活動していきたいと考えます。皆さんのご協力を宜しくお願いします。
『隊員活動報告』
吉野 華恵(H23-3 マラウイ 村落開発普及員)
アフリカ中南部に位置するマラウイ国。北海道と九州を合わせたくらいの狭い国土に約一五三〇万人の人々が住んでいます。人口はどんどん増えており、十五歳ぐらいの若い少女が妊娠・出産することはごく当たり前。天然資源に乏しく、国民の四五%が一日一ドル以下で生活しているという、最貧国のうちの一つです。
そんなマラウイで村落開発普及員として活動を始めて一年三か月がたちました。私の配属先であるカタベイ県コミュニティ開発局は、農民グループの組織強化・収入向上活動の支援等を行っています。定期的にグループを訪問してミーティングに参加し、貯蓄を勧めたり、グループビジネスの促進を行ったりという活動を主に行っています。
例えば、養鶏を始めたいというグループがあれば、県農業局のスタッフを同行し技術を伝授してもらったり、地域の特産品である果樹を使ってビジネスをしたいというグループがあれば、ジュースを商品化するための手立てを一緒に考えたりという具合です。
活動のスタンスはモノではなく知識・技術を与えること、それから人的資源を活用すること。悩みは尽きませんが、通りすがりの私に、歯の抜けた顔でにっと笑い、「カリブ!(Welcomeの意)」と言って食事に誘ってくれるマラウイアンに出会うと、疲れも一気に吹き飛びます。
マラウイの人々はみんな幸せそうです。「お金はなくとも、とりあえず食べ物には困らないからね」と地元の人は言います。最近の私は穴の開いた服を着て、コンドーレシマ(キャッサバ粉で作る地元の主食)を毎日食べ、すっかり現地人と化しています。(読売新聞投稿原稿より)
写真…HIV/AIDS陽性者対象に実施した生活改善技法トレーニングにて、昼食のシマ作りを参加者と一緒に行っているところ。
溝口 さやか(H23-3 中華人民共和国 日本語教師)
中国は湖北省荊州市。三国志でも名高い、長江中流域の街。夏は湿度85%、気温40度なんて当たり前で、冬は5〜6度。なんだか甲府盆地の一年を思い起こさせる気候である。ここで私は日本語教師として、日本語専攻の大学生たちに大学で日々日本語を教えている。
私の活動内容は、日本のALTの先生のようだ。活動の中心は日本語での授業で、読解をしたり日本文化を紹介したり。週一回は「日本語コーナー」という自由会話の会を開いて、学生とお喋りをしたりしている。
中国の大学生は本当によく勉強をする。授業は朝8時に始まり、90分授業を大体3、4つ受け、夜には自習室で3時間程机に向かう。そんな学生の勉強時によく聞こえてくるのが、「チャッチャッ」という音。中国ではペンを使って書くのが鉄則らしく、この音は書き間違えた時に聞こえてくる。お分かりだろうか。元凶はセロハンテープである。学生たちは5mm幅のセロハンテープを使って、書き損じ箇所だけにテープを貼り付け、勢いよくテープを剥がす。すると貼付箇所の紙の表面だけが上手く剥がれ、綺麗な紙が現れるのだ。この時のポイントは、テープを一々切って使わないこと。だから一通り校正が終わった後、テープの本体の先には使用済みテープの玉が出来上がる。それを最後にさっと本体から切り離したら、校正終了の合図だ。
学生になぜテープを使うのか聞いてみた。そしたら、「テープで修正すると、速いでしょう?」と学生。なるほど、確かに速い。こんなところにも面白さを感じながら、私は毎日を過ごしている。
勝村 智樹(H24-2 フィリピン 村落開発普及員)
フィリピンには甘くておいしいバナナから、ぽそっとした芋のようなバナナまで何種類ものバナナがあります。この芋バナナはゆでて食べたり、肉のスープの中に入れて食べたりします。フィリピンに来て1か月が経った頃、このバナナがおいしく感じられるようになりました。
いつ食べるのかと言うと、フィリピンには必ず「ミリエンダ」というおやつの時間が1日2回(以上)あります。フィリピン人にとってはこのミリエンダの時間はとても大切で、大人は仕事中に、子供は学校の休み時間にお店に行っておやつを買います。フィリピンに来て3か月が経った頃、僕にとってこのミリエンダが欠かせないものとなったと同時に、日本から持ってきたズボンが履けなくなりました。
フィリピン人はとても陽気で、お店では会計中にも関わらず歌ったり踊ったりすることがあります。またフィリピンでは「バクラ」と呼ばれるおかまの男性がとても多いのですが、彼らはどんな時でも堂々としていて、僕の働く町役場では経理部長を務めています。そんなフィリピン人と過ごして半年が経った頃、少しずつバクラの友達が増えるようになり、多くのことに寛容でいられるようになりました。ちなみに僕のフィリピン語の先生もバクラでした。
仕事では、バクラの先生仕込みのフィリピン語を生かして、農家や漁師の人々とコミュニケーションを取っています。組織の強化や町の特産品開発を通して、農家や漁師の方々が望むような豊かな生活に少しでも近づけるよう、お手伝いすることが僕の目標です。
そんな愛すべきフィリピンに来て1年が経ち、12月のクリスマスの季節になりました。キリスト教国のフィリピンでは、クリスマスは一年で最も大切なイベントの一つです。この季節には遠くにいる家族が集まったり、地域の人々が集まったりしてみんなでパーティを楽しみます。
このように明るくて陽気なフィリピン人ですが、フィリピンは今台風に襲われて多くの人々が生活に困って涙しています。僕の住む町でも、多くの農家や漁師さんたちが生計を立てる手段を台風により失ってしまいました。どうか皆さん少しでも多くのフィリピンの人たちがいつも通りの平穏で幸せなクリスマスを送るために、ご支援・ご協力をお願い致します。
船でしかアクセスできない地域に住む漁師に同僚とインタビューをしに行く時の様子。手に持っているのはミリエンダのためのバナナ(左)
同僚と一緒に漁師にインタビューをしている様子(右)
坂井 美沙(H24-1 エチオピア 理数科教師)
私は大学を卒業後、2ヶ月間の訓練を終え青年海外協力隊に参加しました。私の派遣国は日本から西へ約10000kmのところにある東アフリカ、エチオピアです。私は理数科教師として日本で言う小中学校(7歳から約14歳の子どもたちを対象)に勤務しています。理数科教師と言っても、私の仕事は理科室を整備したり、現地の先生に実験を紹介して、実演してもらったりといったことをしています。また、他のボランティアと協力して配属校以外の先生にも授業で実験を取り入れてもらえるように、セミナーを開いたりもしています。初めて学校に行った日、日本人の私たちがイメージするような理科室はなく、ただ物置小屋のような部屋があるだけでした。そこを子どもたちと先生と一緒に掃除し、机を運び、いすを並べ黒板を取り付け理科室らしくすることから私の活動は始まりました。はじめは物置のようだった理科室ですが、今では生徒たちが理科室で実験を行えるほどになり、ようやく理科室として機能してきたように思えます。
さて、エチオピアと聞いてまずはじめに思い浮かぶもの、それはコーヒーなのではないでしょうか?もちろんエチオピアの人たちもコーヒーが大好きです。そしてエチオピアにはコーヒーセレモニーという文化があります。これは私の大好きなエチオピア文化の一つです。たくさんの人が集まってコーヒーを飲むのですが、このコーヒーセレモニーは豆を炒ることから始まります。炒った豆の香りをみんなで楽しみ、豆を砕き、お湯で煮る、そしてその上澄みを注ぐ、というのがエチオピアスタイルのコーヒーの入れ方です。そしてシニーと呼ばれる小さなカップで3回に分けてコーヒーを楽しみます。所要時間は約30分から1時間。その間、パンやポップコーンを食べながらコーヒーだけでなく仲間たちとのおしゃべりに花を咲かせます。近所の人や友人とゆっくりとした時間を過ごす、とても素敵な時間の使い方だと思います。日本ではコーヒーを飲むのに自動販売機なら1分もかかりません。とても効率的ではありますが少し寂しい気もします。たまにはエチオピアの人たちのように仲間とのゆっくりとした時間を楽しむコーヒータイムも素敵ではないでしょうか?
【写真】配属先小学校の
校庭で撮影した生徒と私
高石 一朗(S60-2 ケニア 自動車整備)
昨年末長期の休みが取れたので20年ぶりにケニアに行って来ました。
昔は無かった携帯電話、ショッピングモールやバイクタクシー、トゥクトゥクなどの新しい交通手段も経験してきました。
私がケニヤに住んでいた頃は小さなスーパーマーケットはありましたが、今では都市の郊外にラザウォークのようなショッピングモールがあり、テロ対策のために駐車場の入り口でトランクの中までチェックした後、モールの出入り口で再びガードマンが一人一人カバンの中までチェックしてやっと中に入れます。モールの中には銀行や携帯電話屋さんが有り、日本円の現金は両替できましたが、US$のトラベラーズチェックはどこの銀行でも交換できませんでした。秋葉原で買って行った外国で使えるスマートフォンに携帯屋さんで買ったSIMカードとプリペイドカードを2000円分買って旅行中はこれを使いました。この料金で日本にも数回、国際電話が掛けられました。ホテルからマタトゥ乗り場までバイクのチョイ乗りが50円トゥクトゥク(オート3輪)は3人ぐらい乗れて3kmぐらいで300円、ハイヤーは1日貸切で5,000円ぐらいでした。
昔は片道1週間のエアメールでしたが、今では高いホテルにWifiも完備されてインターネットやメールがいつでも使えてとても便利でした。
山梨デスク国際協力推進員挨拶
オードラン萌(H18-1 ニカラグア 小学校教諭)
こんにちは!
2016年1月より山梨デスク国際協力推進員として働いています、オードラン萌といいます。夫がフランス人なので「オードラン」ですが、旧姓は「渡邊」の山梨で生まれた山梨県人です。
2006年から2年間、青年海外協力隊として中米のニカラグアという国へ派遣され、小学校教諭として地元の先生たちと一緒に小学校で活動しました。(ニカラグアは私の第2の故郷になりました!)
帰国後は、山梨で小学校教諭として働いたり、世界を放浪したり、日本中を転々としたり、様々な場所で、様々な仕事をし、たくさんの経験をしました。
そして今、縁あって生まれ育った山梨でJICA山梨デスクとして働けること、とても嬉しく思っています。これまでのたくさんの出逢いを活かしながら、山梨で「世界への扉」を多くの人たちと一緒に開けていきたいです。
「国際協力」というと敷居が高そうですが、意外に簡単だったり近い場所に「国際協力」への鍵は眠っていると思います。一緒におしゃべりしてたら、知らぬ間に「世界」へ近づいた!なんてこともあるはず。ぜひ、気軽に声をかけてください。
『いってらっしゃい』
平成25年度4次隊以降の隊員の皆さんです。
平成25年度4次隊はすでに帰国されています。
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氏名 |
隊次 |
派遣国 |
職種 |
住所 |
JOCV |
尾形 佳美 |
H25年度4次隊 |
ベナン |
看護師 |
上野原市 |
JOCV |
上野 直哉 |
H25年度4次隊 |
ソロモン |
環境教育 |
韮崎市 |
JOCV |
飯島 千華 |
H25年度4次隊 |
バングラデシュ |
環境教育 |
笛吹市 |
JOCV |
迫頭 美沙 |
H26年度1次隊 |
セネガル |
小学教諭 |
東京都日野市 |
JOCV |
渡辺 真也 |
H26年度3次隊 |
パプアニュギニア |
理数科教師 |
富士吉田市 |
JOCV |
田中 可奈子 |
H26年度3次隊 |
ザンビア |
コミュニティ開発 |
甲府市 |
JOCV |
佐田 知子 |
H26年度3次隊 |
スリランカ |
幼児教育 |
南巨摩郡身延町 |
JOCV |
萩原 あす香 |
H26年度4次隊 |
モロッコ |
病院運営管理 |
笛吹市 |
JOCV |
鯨井 彩 |
H26年度4次隊 |
モンゴル |
PCインストラクター |
富士河口湖町 |
JOCV |
三井 久美子 |
H27年度1次隊 |
パラグアイ |
日本語教師(算数) |
南アルプス市 |
日系青年 |
田中 弥生 |
H28年度1次隊 |
ブラジル |
日系)日本語教師 |
南アルプス市 |
日系青年 |
江崎 妃奈子 |
H28年度1次隊 |
ブラジル |
日系)ソフトボール |
福岡市 |
シニア |
赤池 章太郎 |
H27年度1次隊 |
ガーナ |
自動車整備 |
甲府市 |
シニア |
古澤 都志美 |
H27年度1次隊 |
カンボジア |
日本料理 |
甲府市 |
日系シニア |
小笠原 純子 |
H28年度1次隊 |
ブラジル |
日本料理 |
甲府市 |
『編集後記』
機関誌33号がまとまりました。32号発行からついに2年半以上過ぎてしまいました。
やろうやろうと思っても頭が言うことを聞いてくれないという感覚を味わいましたが、やっとすっきりしました。
最近は地元地域の役員の行事とだれもが通過する中高年の介護の生活に明け暮れる日々で、あの2年間はどこへ行ってしまったのかと時々考えます。
(石原)